| 我が国の教育は近代化以後、重要な役割を果たしてきた。明治における教育のストックは、初等、中等、高等を問わず、大きく、かつ有効に働いたため、戦争による混乱はあったものの安全性の高い豊かな国という世界的には珍しい国を現出してきた。しかし、最近の状況をみると、明治時代以降におこなわれた、教育投資のストックを消費しこれを実際の経済活動に結びつけるという教育と経済活動のサイクルが危うくなりつつある。特に、高等教育における教育、研究環境の劣化がみられ、大学に限らず、高等教育、あるいは教育全般にとって再投資、再構成が重要との認識が社会的に広まりつつある。
教育の重要性が社会的に認識されるのは非常に好ましいが、重要な課題は現在の状況にあわせ、どのような方向に投資をしていけばよいのかということである。卑近な言い方をすれば、どのような質の教育をすべきなのかが重要となる。100年前と異なり、日本の国際的地位、科学技術の状況、さらに緊密化した国際関係、地球環境問題など、すべては地球的な規模で議論しなければならない。これらを含め、多くの環境条件が変化しているなかで、「教育とは一体どういうものであればよいのか」ということが問われている。
まず第一に、産業という観点からみると、高度成長が終りを告げ、安定成長の時代に移行する中で、高度成長期の主役であった単純な効率主義に限界が生じてきている。また、バブルの崩壊にあらわれたように市場そのものの変質が生じている。この中で、高等教育を受けた若者が専門家としてどのような教育を受け、どのような仕事につくのかを見定めるのは極めて難しい状況にある。例えば、製造業では、生産性向上という効率主義の至上命令が何十年も続いたが、現在のような緩慢な市場拡大のもとでは、生産性向上が直接、失業の増大につながるというジレンマがあらわれる。これは、先進工業国の重要な課題であり、教育に対する深刻な問いかけである。
第二の問題は大学の学問体系の問題である。今日の大学の学問体系は17世紀にできた古典的な構造を持ち、産業構造も18世紀の産業革命以降長い間かかってつくられてきたものである。この両者は少なくとも工学部をみる限り非常に良い対応を持っている。教育と産業が成功した先進工業国では、学校で特定の専門教育を受ければあらかじめ定められた企業の集団に入るという予定調和的関係が存在するのが特徴となっている。しかし、この関係も現在の大きな環境変化のために崩れつつある。例えば、現在の企業、あるいは産業構造のもつ商品提供能力は本当に人々が望んでいるものをつくり得るための最高の状況になっていないのではないかという疑問がある。少なくとも、過去においては最高の状況であったことは間違いないが、状況が変化した現在、消費者の求めている製品をつくるには、現在の産業構造は限定的で、不十分ではないのだろうか。教育側の問題としては、このような状況変化に対処するために有効な知識を持った専門家を教育できていないことがあげられる。
社会の転換期にあって産業自身も、大学の教育、高等教育も共に変らなければならない。両者には関係があるため、産と学とが腹蔵なく話し合うことが重要な意義を持ってくる。従前より産業界と大学は産学共同という形で少なくとも工学系に関しては密接な関係を持ち続けてきた。しかし、現在求められている問題は、研究室レベル、すなわち、個々の先生が研究者として産業界の人と接触する、あるいは共同研究するというレベルに加えて、社会的な存在としての大学と社会的な存在としての企業が相互の主体性を持ちながら、組織あるいは機関として対話することが必要となっている。産業界と教育界が仕組みとしてどのように日本をつくっていくのかといったレベルの議論がなされなければならない。これは従来のテーマ別の産学共同とはかなり違った性質を持ち、そのきっかけとして産学の直接対話の場としての本委員会が重要な役割を果たすのではないかと期待されているのである。また、これらを通じて、次の時代に必要な社会基盤をつくることを目標にし、メッセージを発信できるような作業も必要である。具体的には、産学での21世紀ビジョンづくりとこれの国内外でのコンセンサスづくりである。
さらに、19世紀の一つの価値観は各国が豊かになれば世界が豊かになるという調和的なものであったが、現在は、そうではなく、むしろ意識的な目標を地球を豊かにするということにおくべきである。地球が豊かになることが重要で、一国が豊かになるという19世紀型の努力だけでは不十分ということになるである。このように現在の問題が地球規模のものであるため、どの国も同じような問題を抱えることになる。世界の国々は富んだ国から最貧国まで幅広いスペクトルの中に存在し、そのため、各国のとる現実的な政策は異なる。地球的合意が必要ということは、環境問題を例に出すまでもなく、今後、あらゆる場面で重要になるだろう。教育問題の中にも世界各国共通の問題があり、国際交流を通じて地球的な合意が必要となるものも多い。このため、本委員会では積極的に“幅広い国際交流の実現と地球的なコンセンサスづくり”を行おうと考えている。具体的には、産学サミットの開催、パラレルプロジェクトの実施、国際シンポジウムの開催などを通じた交流である。 |