伊佐山建志氏(日産自動車副会長)の座長の下で、この分科会は組織・リーダーシップの在り方について、デイビッド・ストラングウェイ氏(カナダ・イノベーション財団理事長)、藤村宏幸氏(荏原製作所会長)、平田光子氏(東海大学助教授)から示された、カナダと日本の事例にもとづき議論を進めた。日本の事例については、まず藤村氏からは企業の経営者としてこれまでの経験を踏まえた話、平田氏からは日本の組織全体の強さ・弱さの変遷についての話であった。他方、ストラングウェイ氏は、カナダはかつて大国であったが、その強みがどんどん隣国のアメリカに吸収されてしまっており、いかにしてそれを食い止めるか、強さを元に戻すかということに大変な努力をしてきたと報告した。
その意味で日本の場合もカナダ同様、企業として、あるいは日本全体としてかつて強かったものを何故失ってしまったのか、そして失ったものをいかに取り戻そうとしているのかについて、具体的な事例紹介、あるいはその観点からの分析が提示された。その再生のシナリオは、カナダにおいても日本においても、国あるいは州、大学や企業、産業がそれぞれの置かれた立場を十分に踏まえ、工夫をしながらその課題にチャレンジしなければならない、ということであった。例えば、カナダの場合、「クラスター・オブ・エクセレンス」あるいはイノベーション財団を作ることによって目標をきっちりと提示し、その目標に応じた形で全体を動かしていくというやり方を実践してきた。
一方、日本企業もかつては世界の中核的なものを生み出していた時期があった。ところが、時代の流れを十分に読みきれなかったためか、競争力を徐々に失っていった。その競争力をリカバーするのには、自社がこれまで培ってきた「コア・コンピタンス(強み)」を踏まえ、それをいかに伸ばすかがポイントとなった。また、ただ単純に売上を伸ばすというよりも、利益率を上げることを目標としてコア・コンピタンスの中身を充実させていく。あるいは、コア・コンピタンスに関連した分野の技術開発を進めることによって、新たなビジネスチャンスを生む仕組みを導入し、これまで落ち目となっていた状況を、逆に回復の方向に持っていき、そこで新たなビジネスチャンスを作り、競争力を回復したという事例に基づいた報告が藤村氏からなされた。
要は、組織の違いはあるにしても、目指すところは「イノベーション(改革)」だと言うことであった。いまや時代は大きく変わってきており、その中で何をすべきかということに気が付かなければならず、また、それをいかにして目的化するか、が重要である。それは大学においても企業においても同様。 何を課題としてその新たな変化の中で取り組むかという、イノベーションのシステムを構築する必要がある。
そして結局、それを決めていくのがリーダーである。今日的な課題を負ったリーダーの役割というのは、今までの単純に売上を伸ばしていくというやり方では、与えられた課題に十分に応えることはできない。何より求められるのは、しがらみとか既得権といったものに対して、いかにチャレンジしていくか、ということ。さらに、変えるということに伴う「痛み」を具体的な課題設定に置き直して、リーダーシップを発揮することである。一方、従業員にしても、そうしたリーダーから与えられたモチベーションリソースに対して、十分に応えていくことが強く求められている。そのために、大学や企業がそれぞれ工夫する余地というのは十分あり、3人の話題提供者からの具体的な報告をもとに、その課題に対する幾つかの回答を出した。
ジーザス・キャレロン氏は変化する世界でのCEO、経営者の役割は何かという問いを呈した。大南正瑛氏は新しい組織に関する次の3つの重要な要素を指摘した。産学協働を通じて文化的パワーを高めること。コア・コンピタンスを共有すること。ガバナンス能力と責任をもつという個人、組織の倫理。久留米大学学長の平野実氏とものつくり大学学長の野村東太氏等は伝統的な日本における教授会の自治の問題を指摘し、新たな意思決定システムについて議論した。荏原製作所副社長の池田幸雄氏は組織として成功するためには競争環境が重要であるとした。
伊佐山座長は議論を以下のようにまとめた。
成功している組織の共通点というのは、きちっとした目的がある。その目的をいかに合理的な基準へと持って進めていくことができるのか。また、上手くいかなかったときに、レビューして自省するという仕組みを持った組織であるならば、生き延びることが可能である。経営者としてもそうしたプロセスを尊重する。
しかしながら、せっかくルールを作ったにも関わらず、ルールを守らないやり方でやっていたら、組織自身が動く方向を全く見失ってしまう。そのため、リーダーの役割というのは、時代の変化を十分に見据えた上で、どの方向に行くべきかということについて決めたら、それを断固やり遂げるという信念が必要である。 |